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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)11056号 判決 1992年7月23日

原告(反訴被告) 株式会社石丸開発

右代表者代表取締役 石丸芳美

右訴訟代理人弁護士 高山達夫

被告(反訴原告) 千代田物産株式会社

右代表者代表取締役 神田誠一

右訴訟代理人弁護士 坂口公一

主文

一、被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金七七二万一四一円及びこれに対する昭和六三年九月六日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

二、反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)に対し、金一〇八〇万円及びこれに対する平成四年二月一三日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

三、原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は本訴反訴ともに、これを二〇分し、その一を被告(反訴原告)の負担とし、その余を原告(反訴被告)の負担とする。

事実及び理由

第一、請求

一、本訴

被告は、原告に対し、金一億二七五六万二九四九円及びこれに対する昭和六三年九月六日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

二、反訴

反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)に対し、金一〇八〇万円及びこれに対する平成四年二月一三日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

第二、事案の概要

一、本訴は、被告(反訴原告、以下「被告」という。)を委託者とし原告(反訴被告、以下「原告」という。)を受託者として、いわゆる地上げを目的として締結した土地売買仲介委託契約に基づき、

1. 既に成立した売買分についての仲介報酬残金の支払を求める他、

2. 原告が委託契約の履行として仲介斡旋をしたのに、被告が買取義務を履行しなかったために、報酬の支払を受けることができず、得べかりし利益を失ったとして、債務不履行による損害賠償を請求し、

3. 併せて原告が支出した委託事務処理費用の支払を求めるものである。

反訴は、原告が負担すべきものと合意されていた右地上げのための現場事務所の建設及び撤去工事代金を被告が立替えたことを理由に、その返還を求めるものである。

二、争いのない事実等

1. 被告を委託者、原告を受託者として、昭和六二年五月二〇日、東京都港区赤坂四丁目所在の登記簿上の面積合計六二七五・一一平方メートルの複数の土地(以下「目的土地」という。)について、原告が、目的土地の各地権者と交渉して、売渡し等の承諾を得た上で、国土法による手続を行い、地権者と被告との間で売買契約を締結できるよう仲介斡旋し、被告がそれに対して報酬を支払うこと等を目的として、仲介委託契約(以下「本件仲介委託契約」という。)が締結された(争いがない)。

2. 本件仲介委託契約中には次の定めがある(乙二)。

(一)  目的土地を三つの区画に区分し、原告として第一次から第三次ブロックまでの順序で買収すること。

(二)  契約書添付の物件目録中には目的土地の各筆毎に予算額の記載があり、原則としてその予算額を上限価格とし、この価額の範囲内で買収する。

(三)  報酬額は買収金額の五パーセントを限度とする。

3. 被告は、昭和六二年六月二四日、本件仲介委託契約に基づく原告の仲介斡旋により、ジェイ・エス・エイ株式会社から目的土地の一部である赤坂四丁目一四四二番及び同所一四四三番の各土地(以下「一四四二番他の土地」という。)を代金三九億八六〇〇万円にて買い受け、原被告は、報酬金額を本件仲介委託契約において定めた買収予定額である金二九億八九五〇万円の一パーセント相当の金二九八九万五〇〇〇円と合意し、被告はその半額金一四九四万七五〇〇円を支払い、原告はこれを受領した(争いがない。)。

4. 原告には、本件仲介委託契約締結及びそれに基づく仲介をした当時、宅地建物取引業法による免許がなかった(争いがない。)。

5. 原告の注文により、昭和六二年七月頃、辰建設株式会社(以下「辰建設」という。)が一四四二番他の土地上にプレハブ二階建仮設建物(以下「本件仮設建物」という。)を建設し(乙九)、原告がこれを現場事務所として使用していたが、同年一二月一五日、原告は本件仮設建物から退去し(使用と退去については争いがない。)、被告は、昭和六三年二月五日に辰建設に対して右建設工事代金一〇〇〇万円を支払い、梅村株式会社に撤去工事をさせてその代金八〇万円を支払った(乙八~一三、被告代表者)。

6. 被告は原告に対し、昭和六二年一二月二九日到達の書面を以て、原告が宅建業法による免許を有しないことを理由に、本件仲介委託契約を解除する旨の通知をした(乙四1・2)。

三、原告の主張

原告は前項3の仲介報酬残金一四九四万七五〇〇円を請求する他に、次のとおり請求権があると主張した。

1. 原告は、目的土地の一部である井上紘一ほか七名が所有する各土地(以下「井上らの土地」という。)につき、仲介斡旋を行って井上らから売り渡しの承諾を得て売買契約締結のための段取りを済ませたにもかかわらず、被告は正当な理由なく買取りを拒んだが、もし原告が約束通り買収していれば、原告は一億円の報酬を受けられていたのにこれを失った。よって原告は被告に対して債務不履行による損害賠償として一億円の支払を求める。

2. 井上紘一(以下「井上」という。)所有地を買収可能とするためには、転居先確保のために代替地を取得させなければならず、被告が井上の土地買取代金を支払うまでの間、代替地取得資金を立て替えなければならなかったが、そのために原告は、昭和六二年一〇月三〇日、朝日実業株式会社(以下「朝日実業」という。)から、一億二〇〇〇万円を弁済期昭和六三年四月二九日、利息年一〇・二パーセント、遅延損害金年二〇パーセントとの約定にて借り、朝日実業に対して、右借入日から平成元年一月一七日までの利息及び損害金として合計金一二六一万五四四九円を支払った。これは本件仲介委託契約の費用であるから、民法六五〇条により被告は原告に支払うべきものである。

四、被告の反論

被告は、次のとおり原告の請求に対して反論した他、第二項5の本件仮設建物の建築及び撤去工事代金は、もともと原告が支払うべきものを被告が代わって支払ったことを理由に、その返還を求めた。

1. 原告は無免許業者であるから報酬請求権がない。

2. 一四四二番他の土地の仲介報酬残金は、一四四二番他の土地がその一部となっている本件仲介委託契約に定める第二次区画に属するところ、この区画の全部が買収されたときに支払うべきものと合意されていたが、遂にその区画の買収は実現しなかった。

3. 井上らの土地の仲介報酬相当の損害賠償請求については、原告が取りまとめた買収条件は、その代金を本件仲介委託契約に定める上限価格を二倍以上も上回る金額であったし、その定める買収順序を無視するものであったから、被告はこれを買い取る義務がなく、従って被告の債務不履行はない。

4. 右同様の理由から井上の土地の買収のために代替地を取得し、そのために融資を受けることも本件仲介委託契約の趣旨に反するものであるから、朝日実業に支払ったという利息及び損害金は委託事務処理に必要な費用ではない。

五、主要な争点

1. 原告には一四四二番他の土地の仲介報酬残金請求権があるか。

2. 井上らの土地の買収を拒絶したことが被告の債務不履行か。

3. 朝日実業に支払った利息及び損害金は、本件仲介委託契約による委託事務処理に必要と認めるべき費用か。

4. 本件仮設建物の建築及び撤去工事代金は、原告と被告のいずれが負担すべきものか。

第三、争点に対する判断

一、原告の報酬請求権及び被告の債務不履行について

原告が、宅地建物取引業法第三条による都道府県知事の営業免許の取消処分を受けたために、本件仲介委託契約及び本件仲介業務の当時、免許を有しなかったことについては、当事者間に争いがない。宅建業法は、宅地建物取引業を営む者について免許制度を採用し、その事業に対し必要な規制を行うことにより、その業務の適正な運営と宅地及び建物の取引の公正を確保することを主要な目的とするものであって(同法一条)、無免許営業を禁止し(同法一二条一項)、その違反に対しては刑罰(三年以下の懲役若しくは五〇万円以下の罰金)を課する(同法七九条)など、同法の目的を達成するため無免許営業を厳しく規制している。このような法の趣旨に鑑みると、無免許営業に基づく報酬請求権を公権力をもって実現することはできず、無免許業者の報酬請求権を裁判上行使することは許されない。

原告は、本件仲介委託契約に基づく仲介斡旋業務が終了した後に、宅建建物取引主任の免許を得たから瑕疵は治癒されたと主張するが(原告が免許を取得したという趣旨か、それとも原告会社に取引主任者が加わったという趣旨か不明である。)、仮に後日原告が免許を取得したとしてもそれ以前の業務が遡って無免許営業でなくなるものではないから、この点に関する原告の主張はそれ自体失当である。また被告は原告が無免許であることを知った上で、被告の免許を使用して仲介斡旋をなさしめ、それに対して報酬を支払うことを約束して本件仲介委託契約を締結したと主張するが、免許の名義貸しが違法であることは言うまでもないし、当事者間の合意により無免許営業の禁止を潜脱することもできないから、これまた当を得ない主張である。

いずれにしろ無免許営業である原告は、本件仲介委託契約に基づく報酬請求権を有しないから、その余の点について判断するまでもなく、原告は一四四二番他の土地の仲介報酬残金を請求できないし、本件仲介委託契約に基づく報酬請求権があることを前提としつつ、井上らの土地の買収に関し、被告に債務不履行あることを理由として損害賠償を請求することもできない。

二、朝日実業に対する利息損害金

<証拠>により次のとおり認める。

井上は、目的土地の一部であるその所有地を売却した場合の転居先として使用するために、昭和六二年一〇月三〇日、世田谷区下馬一丁目の熊谷宗治所有地を代金一億九一〇〇万円にて買い受け、同日代金内金一億円を支払った。原告は、原告と被告を引き合わせた永田太一を通じての紹介により、朝日生命保険相互会社と関わりがある朝日実業から、右同日、井上と熊谷の土地を担保に、合計金一億二〇〇〇万円を借り、一か月分の前払約定利息や各種手数料及び担保不動産の先順位担保権の被担保債権弁済引当金等が差し引かれた残金を受領し、これを以て井上の熊谷に対する売買代金内金が支払われた。その後昭和六三年二月一二日に内金六五〇〇万円、平成元年一月一七日に残金五五〇〇万円がそれぞれ返済された。この借入に関して被告が支払った利息や費用は次のとおりである。

1. 調査手数料五万円、事務手数料一二〇万円、公正証書作成費用五万円、確定日付費用五〇〇円、登記費用五〇万円、印紙代一二万八〇〇円、以上合計一九〇万一三〇〇円。

2. 昭和六二年一〇月三〇日~昭和六三年四月三〇日の約定利息損害金(昭和六三年四月二九日までは約定利息、同月三〇日分は約定損害金)の合計金五八一万八八四一円(昭和六二年一〇月三〇日、同年一二月二八日、昭和六三年二月一二日、同年四月二八日に支払ったもの)。

3. 昭和六三年一一月八日と平成元年一月一七日に支払った約定遅延損害金の合計金六四七万九五八円(この3については誰が支払ったか不明)。

右の融資を受けるにあたり、被告会社開発部長西島輝夫(以下「西島」という。)も原告と共に、朝日実業に来て商談に立ち会ったことがあった。

以上のとおり認めることができ、被告代表者本人尋問の結果のうちこの認定に反する部分は採用できない。

とすると朝日実業からの借入及びそれに対する利息等の支払については、被告も承知しており、本件仲介委託契約に基づく委託事務処理の一環としてなされたものと認めることができる。しかし遅くとも昭和六三年一月には、西島は井上に対して、被告が本件土地を買収する意思のないことを告げていたし、それ以前の昭和六二年一二月二八日には、被告は原告に対して本件仲介委託契約解除通知をしていたから、原告と井上は、被告をあてにすることなく早期に、目的土地中の井上所有地を転売するなどして、朝日実業に対する借入金を調達すべきであったし、当時の経済情勢からすれば遅くともこの借入金の弁済期が到来する日の属する月の末日である昭和六三年四月末頃までには、相応の価額にて売却して返済資金を調達することが可能であったと推認される。そうすると委託事務処理費用として被告が負担すべき金額は、右1及び2の費用と利息損害金合計金七七二万一四一円が限度であって、3の費用まで必要な委託事務処理費用と認めて被告に負担させるのは合理的ではない。

三、本件仮設建物建築及び撤去工事代金

本件仮設建物は原告が辰建設に注文して建築され、原告が辰建設に対してその建築請負代金の支払を約したものであるから格別の事由のないかぎり、原告がその建築請負代金を支払うべきものである。乙八号証は本件仮設建物の所有者は原告であることを前提として、これを一時原告に使用させることを内容とするものであるが、このような体裁としたのは、その敷地に対する原告の権利の主張を予め封じておくためのものであるから(被告代表者)、右の判断を左右しない。また乙八号証には本件仮設建物の撤去費用の負担者は原告であることが明記されている。ところが原告は、被告が本件仲介委託契約を一方的に解除した上で、本件仮設建物を任意に明け渡せば経費や報酬等を支払うとのことであったので、これに応じて円満に本件仮設建物を明け渡したものであるから、その建築及び撤去工事代金は被告において負担すべきであると主張した。しかし被告が本件仮設建物の建築及び撤去工事代金を負担することを原告に約したことを認めるに足りる証拠は存在しない。却って被告は、原告から建築請負工事代金の支払を受けられない辰建設から、もし被告が代わって支払わないときは、本件仮設建物につき辰建設所有名義にて登記をする考えがあることを仄めかされたために、やむなく原告が支払うべき建築工事代金を代わって支払い、次いでこれまた原告が負担すべき費用を代わって支出して撤去工事を完了させたものと認められ、この認定を覆すに足りる証拠は存在しない。

第四、結論

以上の次第で、原告が本訴請求は金七七二万一四一円とそれに対する本訴の訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告の反訴請求はその全部が理由がある。なお、本件については、当事者双方に相殺権を行使できる余地があるところから、反訴請求については仮執行宣言の申立てがなされているが、あえて仮執行宣言を付さないこととした。

(裁判長裁判官 高木新二郎 裁判官 佐藤嘉彦 釜井裕子)

<以下省略>

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